質疑応答
質問①:プログラムの対象年齢は?
ゲスト:
非常に興味深いお話でした。ひとつ確認したいのですが、今回のプログラムで想定されている対象年齢はどのくらいをイメージされていますか?

Hiro
これは非常に重要な論点でして、企業によって「シニア人材」と定義される年齢はまちまちです。たとえば、シリコンバレーでは「30歳以上はシニア」という感覚もあるくらいですから(笑)、一概には言えません。
ただ、日本企業においては、たとえば定年を53〜55歳に設定しているケースもありますし、その前後を意識していただいてもよいかと思います。
また、よく言われる「2:6:2」のアップサイド層のうち、一歩踏み出せば変わるかもしれない層がどの年代に分布しているかを見極めるのも、一つの切り口になるかもしれません。
質問②:むしろ40代の「多忙層」こそ早期介入が必要では?
ゲスト:
実は私の担当領域でも、50代のキャリア研修は比較的前向きな雰囲気があります。一方で、40代は目の前の業務に追われ、自分と向き合う余裕すらなくなっている方が多い印象です。その結果、50歳になって初めて立ち止まっても、すでに手遅れというケースがある。だからこそ、「40代で気づきを与える機会を持たせるべきでは?」と思いました。

Hiro
まさにその通りだと思います。そもそも「年齢」が意味するものは、健康状態やモチベーションの個人差を無視して一律に語ることが難しい時代です。
ただ、今の40代が抱えている「猛烈な多忙さ」と「内省の喪失」は、キャリアの連続性や非連続性を考えるうえで、大きな断絶を生みかねないとも感じています。
その意味で、40代をターニングポイントとした早期の介入は、今後重要になるはずです。

質問③:社内アサインメントと再着火はセットで機能する?
ゲスト:
「Reignite」で自己の軸や武器が明確になったとしても、それが実際に活かされる場が社内に用意されていなければ、意味を持たないのではないかと感じています。限られた人数でもいいので、アセスメントとアサインメントをセットで取り組むべきではないでしょうか?

Hiro
ご指摘の通りです。
ただ、実情としては、多くの企業において「ポジションの空きが少ない」「なるべく若手に譲ってほしい」といった声もあり、必ずしもアサインメントの確保が簡単ではないのも事実です。
とはいえ、そこで「社内」「副業」「地域貢献」など、いくつかの選択肢を本人が持てる状態にしておくことが重要だと思っています。
重要なのは、会社が「キャリアカウンセリング的に提示する」だけでなく、本人の中に火が灯っていることです。「こう生きたい」「こう働きたい」という内発的な意志が芽生えていれば、たとえ環境に制約があっても、適切な選択ができるようになります。
その意味でも、「Reignite」は、制度でキャリアを導くのではなく、本人が人生のハンドルを再び握る支援でありたいと考えています。
質問④:辞める人が増えたら会社が困るのでは?
ゲスト:
個人的にはこのコンセプトに非常に共感しています。ただ、本人に火がついた結果、「独立しました」となった場合、企業側としては少し複雑な気持ちになるというのも事実かなと感じています。

Hiro
そのご懸念は非常によくわかります。ただ、私たちの経験では、本当に自己変革に向き合える人というのは、むしろ社内でもう一度活躍する余地があるケースが多いんです。
私たちが関わってきた組織の中の「スーパーエース級」の方々の中にも、「会社がダメ」「仕組みが古い」と外部要因を理由に語る方は少なくありません。
でもそういう方には、「ではあなた自身はどう変わるつもりですか?」という問いを投げかけます。本質的な変化は、会社や制度のせいにせず、「自分に矢印を向けること」からしか始まらないと思うんです。
たとえば、モンゴル研修では、参加者に「覚悟」を求めます。それが正解かどうかは分からなくても、まずは自分に責任を引き寄せる経験をしてもらう。それこそが、Reigniteの本質だと考えています。
質問⑤:出世競争から外れた人をどうケアすべきか。
ゲスト:
コンセプト全体として非常に理にかなっていると感じています。特に重要だと思ったのは、「出世競争」を軸にキャリアを築いてきた人たちに対して、その競争から外れた瞬間に自己否定に陥ってしまう構造です。中にはその失望が怒りとなって、会社に対する不満や恨みに転じてしまう人もいて……そのあたり、どうケアしていくべきか、非常に悩んでいます。

Hiro
おっしゃる通り、日本社会には「比較」を基盤とした文化が深く根付いています。
資本主義的な構造の中で、「勝者」と「敗者」を明確に分け、敗れた側に陰の感情が生まれてしまう構造は、特に営業などの現場では顕著だったと思います。
その結果、負けたことで嫉妬が生まれたり、「足を引っ張ってやろう」という負の感情が芽生えることもあります。忘れてしまえばいいことでも、忘れられずに苦しむ――そんな状態ですね。
そうした状態から抜け出すヒントとして、私は以前お話しした「馬」の存在を重ね合わせています。馬は、嫉妬も計算もない存在です。ただその瞬間の「あなた」を感じ取り、素直に近づくか、離れるかを選ぶ。
このような無条件の受容に触れることで、自分の内面を見つめ直すプロセスが始まります。すべての人に当てはまるとは言いませんが、こうした「他者を通じた自己承認」の体験は、競争社会の中で擦り減った自己像を回復させる一つのアプローチになりうると、私は考えています。そのあたり、ロージー補足してくれない?

ロージー
ロージーと申します。私は馬が好きで、もう10年以上前ですが、乗馬競技に取り組んでいた時期がありました。ロージーという名前は愛馬の名前からもらったんです。
馬という動物は、期待を持って人間に寄り添ってくれる力を持っています。専門家の方からも聞いたのですが、馬はミラーニューロンが非常に発達していて、人間の「こうありたい」という想いを感知する能力があるそうです。
馬は、嘘を見抜くような存在でもあります。だからこそ、言葉にできない感情や願望を自然な形で翻訳してくれるパートナーになれる。
特に、自己認識や自己表現が苦手なシニア層にとっては、新たな刺激と深い承認を得る手段になると思います。

Hiro
馬に限らずさまざまな「他者」との関係の中で承認は得られますが、無条件に向き合ってくれる存在と出会うことのインパクトは大きいですね。
特に大切なのは、「自分をもう一度見つめ直す」「許してあげる」「新しいパスを切り拓く」ための環境づくりです。
企業という枠組みの中にずっといた人が、ヒエラルキーから一度抜け出さない限り、本質的な転換は起きづらいと感じています。
その意味でも、Reigniteのような「枠の外」のプログラムは、一人ひとりが再起動するための「はじめの一歩「になれるのではと考えています。

質問⑥:会社がこの研修を導入する意味付けは?
ゲスト:
このプログラムを導入すると、目覚めた人が一定数現れるとは思うのですが、会社としてこのプログラムをどう位置づけて受け止めるか、そしてどう社内に説明していくか……まだ解が見えていません。

Hiro
とても率直で大切なご意見、ありがとうございます。まず、「セカンドキャリア」という言葉自体に、私も強い違和感があります。聞く側としても、「セカンドって、会社都合で次を用意されているだけじゃないのか?」と感じてしまうんですよね。
結局のところ、どんな制度や仕組みも「会社都合「であるという事実は避けられません。
でもその中で、本人が「もう一度、自分の人生を自分の意志で歩もう」と思える瞬間が訪れたら、それは大きな価値だと私は思っています。
そしてもう一つ重要なのは、「他流」でやること。
社内でのキャリア支援は、どうしても社内の評価軸に引っ張られがちです。
でも他社の人たちと出会い、似たような境遇や志を持つ仲間と交わることで、
「自分にもまだ価値がある」「誰かの役に立てる」という「効力感」が芽生える。
この効力感こそが、人の変化をドライブする最も大きなエネルギーだと思っています。
そのためには、社内で頑張り直すというよりも、新しいコミュニティの中でわちゃわちゃしながら、自分らしい価値を見出していくプロセスが必要なんだと思います。
質問⑦:「経営のメッセージ」としてどう伝えるか?
ゲスト:
このプログラムが、単なるキャリア研修ではなく、経営からの明確なメッセージとして打ち出されるなら、非常に効果が高いと感じました。
キャリア研修そのものは、すでに多くの企業が実施しています。「うちも一応やってますよ」といった形で形骸化していることも多い中で、本気で全世代に「成長と貢献を期待している」という姿勢を、経営が明示することが重要だと思います。
たとえば、「若い世代にポジションを譲ってほしい」という事実があったとしても、それを「もう用済みです」ではなく、「貢献の形を変えても、あなたにまだ期待している」というストーリーで伝える。
そこに成長実感や貢献実感、ねぎらいのメッセージがあれば、このReigniteという取り組みが「本気の経営施策」として社員に響くのではないかと思いました。

Hiro
まさにおっしゃる通りです。
理想を言えば、「自分のキャリアは自分で責任を持つ」「自己投資して当たり前」と言いたいところですが、現実として自ら一歩を踏み出せる人は限られているのも事実です。
だからこそ、その背中をそっと押す仕掛けは、企業側が用意してあげるべきなのかなと思っています。一歩踏み出せれば意外とスムーズに流れに乗れる人も多いですし、最初の「ひと押し」の価値は大きいですね。

アシュリー
私からもひと言いいですか?先日、ある大手家電メーカーの方と話した際に、印象的な事例を聞きました。
その企業ではキャリアカウンセリングの窓口を設け、「ぜひご相談ください」と社内で広報していたのですが、全社に向けて案内しても誰も来ない。ところが、「田中さん、あなたにはきっと意味のある機会だと思う。話だけでも聞いてみませんか?」と個別に声をかけると、来てくれるそうなんです。
おそらく、「誰からも必要とされていないのではないか」という漠然とした不安や孤独感がある中で、誰かが自分に期待してくれたという感覚が、その人の再スタートを支えてくれる。そういう意味で、「全体へのメッセージ」ではなく、「あなたへの期待」として届けることが、旅の始まりになるのかもしれないなと思いました。

Hiro
キャリアカウンセリングや社内支援の枠組みももちろん大事なのですが、それだけでは十分に人は動かない。やはり、真摯に伴走してくれる「コーチ」や「仲間」の存在が必要だと思うんです。信頼できる存在がいることで、人は自分の可能性に向き合いやすくなります。
また、「会社としてこの取り組みに本気で投資するかどうか」という問いもあると思います。当然、費用対効果や予算配分には賛否があるでしょう。
ただ、私はこう考えています——会社から旅立った人たちが、自信と誇りを持って「自分は〇〇社で働いていた」と語ってくれる姿こそ、企業ブランディングの理想形ではないかと。
たとえ会社内で困難や課題があったとしても、その人が自らの意思で立ち上がり、新たなステージに進んでいく。そんな前向きなストーリーが、その人にとっての人生の資産になり、会社にとっても「誇れる出身者」として残るのではないかと思います。
たとえば「費用負担をどう設計するか」も一つの論点になります。早期退職金の一部を活用する、会社が7割負担するといったような、柔軟な制度設計によって「支援と自立のバランス」を取ることも可能ではないでしょうか。
また、私たちが設計しているReigniteプログラムのゲート(ステップ)は、どこかで「自ら手を挙げること」が絶対条件です。「全員参加型」で強制的に受けさせるような仕組みにはしても意味がない。むしろ、本人のWillが何よりも大事なんです。
「シニア社員300人をまとめて流し込む」ような導入は、結局誰も本気にならず、成果にもつながらない。だからこそ、自発的に手を挙げた人が、徐々にプログラムに参加できるような柔軟で開かれた環境を整えることが鍵になります。
しかもそれが、社外の異なる企業の人々と混ざり合う形になれば、よりダイナミックで本質的な変化が起きる可能性も高い。私たちは「ウィルパワーの森」という構想も進めていますが、これはまさに、意思ある人々が集まり、相互にエネルギーを与え合う共創空間のイメージです。
ぜひ、こうした構想に対しても皆さまの知見やアイデアをお借りしながら、一緒に形にしていけたらと願っています。いかがでしょうか?
